意外と知られていない車の決断
それを乗り物と言ってしまって良いのかは分からない。 けれど、私が今まで乗った中で一番心地よい乗り心地であったことはたしかである。 いまでは遠い昔、どんなに願っても二度と乗れない。 それは祖父の肩車であった。 車と名前がついていても、車輪はない。あたりまえである。 祖父の家はわたしの家の近くにあり、学校から帰ってきた私は毎日のように遊びに行っていた。 暗くなるまで遊んで、そして帰るときには祖父がついてきてくれるのである。 そのときに、よく肩車をしてくれた。 筋肉質のがっしりとした背中をのぼり、ぶ厚い肩に足をかけ、洗髪料の匂いがする角刈り頭にしがみつく。 ときには洗髪料で手でべたべたになったこともあったが、その匂いも好きだった。 祖父の耳をつかみ、または髪の毛をつかみ、右にひっぱれば右に進んでくれる。左へひっぱれば左へ。 まるでロボットのうえにでも乗っているような気持ちであった。 どれくらいのあいだ、祖父に肩車をしてもらっていたかはもう思い出せないが、あの洗髪料の匂いと、ぶ厚い肩はしっかりと心に残っている。